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アール・ヌーボー
ART NOUVEAU
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モリスのアーツ&クラフツ運動に触発され、ベルギーやフランスで、19世紀末から20世紀初めに、起きたデザイン運動は、流動感のある有機的な曲線を特徴とする新鮮な様式を生み出した。これがアール・ヌーボ(新しい芸術)だった。アール・ヌーボは,手作りの良さ,人間のぬくもりを感じる職人技を見直し、建築、家具、工芸、ポスターや挿絵などのアートに広がった。ギマールやガウディーの家具、ガレ、ミューレのがラス作品、ミュシャ、ロートレック、シェレのポスター作品などが代表作。
現代の手工芸テクニックの基礎となった。 |
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アール・デコ
ART DECO
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アールデコは、1925年にパリで開かれた「万国装飾美術博」にちなんで名づけられた。大量需要に応えるべく機械化が可能なデザインを目指し,素材もプラスチック,コンクリート,ガラスなどの新素材が使われた点が、アール・ヌーボとの大きな違いである。また、過剰な曲線を排し、直線的でシンプルなデザインが求められたのも特徴。カッサンドルに代表される大判のポスター、マッキントッシュの家具・ルネ・ガリックのガラス、シパルスの彫刻をはじめ、日用品が多くデザインされたのもアール・デコ時代だ。 |
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ウィーン工房
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20世紀初頭、建築家、ヨゼフ・ホフマン、ヨゼフ・オルブリッヒらは、新しい創造を唱え、実用と美の調和を目指していた建築家、オットー・ワグナーの思想の元、ウィーン工房を設立した。
ウィーン・ゼセッション(分離派)と呼ばれるこれらのデザイン運動は、インテリアデザインや、家具、食器などの工芸品の近代化に努めた。
曲木と金属を組み合わせたワグナーのウィーン郵便貯金局会議室用のアームチェアー、曲木に籐の背と座を張ったホフマンのチェアーなどには、アール・ヌーボやアール・デコの影響も感じられる。 |
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アンピール様式
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ルイ16世夫婦がフランス革命により民衆の手で殺害された後、19世紀に入ってナポレオンがフランス皇帝となる。ナポレオンはそれまでの様式を一掃し、新しい皇帝のイメージを創り出す為、遠征で得た古代エジプト様式と、ポンペイ発掘による古代ローマ様式をないまぜたアンピール様式(エンパイア様式)を生み出す。
勝利のトーチ、月桂樹、スフィンクスなどがモチーフとされ、金や赤、黒などが好まれた。
アンピール様式の家具は、ナポレオンの勢力拡大とともに版図を広げ、没落とともに消え去った。 |
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ルイ16世様式
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フランスの家具は、17世紀にルイ14世様式、18世紀にルイ15,16世様式が主流となった。
ルイ14世様式の家具は大ぶりのバロック様式で、デザインをモチーフにニンフ、アカンサスの葉といった古代ギリシャの影響が見られ、ルイ15世様式はやや小ぶりになったロココ様式。
あこや貝のモチーフが多用され、中国の影響も見られる。
ルイ16世様式は、古代ローマの影響が加わり、ネオクラシック様式とも呼ばれる。直線的で、軽やか、優美なのが特徴。椅子の脚はまっすぐで、先端にフルートと呼ばれるグローブのついているものが多い。 |
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ジョージアン様式
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18世紀のイギリスで用いられたのがジョージアン様式の家具。宮廷用の家具ではなく、裕福な市民を対象にしているのが、それまでと異なっている。
アダム兄弟、ヘップルホワイト、シェラトン、チッペンデールといったインテリアデザイナー兼家具デザイナーが登場。フランスのネオクラッシック様式を取り入れ、その住まいにあった家具をデザインした。
優美できゃしゃなフォルムも持ち、楕円形、ハート型、卵形、楯形などの背を持つ。
フランスのロココに比べると、中国のシノワズリ文様が多く加えられているのが特徴。 |
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アーツ&クラフツ
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19世紀半ば、イギリスの建築家,ウィリアム・モリスは,産業革命に始まる当時の低俗な工業製品に対抗するべく、手工業により、デザイン性と質の高い製品づくり、販売を行う為に、モリス・マーシャル・フォークナー商会を設立した。モリスらにより始められたアーツ&クラフツ運動は、家具、食器、ウォールペーパー、印刷工芸などの分野で,モダンデザインの源流となった。モリスがデザインした家具は使い続けられ、ウォールペーパーやファブリックは、現在でも量産され、世界中で販売され続けているほどだ。 |
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コモード
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収納用の古い家具は、チェスとで、日本の櫃に相当する。中世からルネッサンスにかけて大いに用いられたが、17世紀に入り、チェスト・オブ・ドロワーズと呼ぶ引き出し付き簟笥が出現し、華麗な寄木細工の装飾が前面に施されたものも現れた。18世紀に入ったイギリスでは、ハイボーイと呼ぶ、ロココスタイルの軽快なかぶりオール付き簟笥がつくられた。
収納家具は小型化する傾向を示し、フランスでもコモドと呼ばれる小型の整理箪笥が好まれた。
コモドは衣装の収納とともに、インテリアコーディネートの中心とされた。 |
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ウィンザーチェアー
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イギリス庶民の間で広く愛用された椅子。17世紀末、ウィンザー地方で作り始められたという。
ブナ材を使い、素朴で実用性に富んだ形態が特徴。背が角張ったファンバック、丸みを帯びたループバックなどに分けられる。イギリスだけでなく、殖民が始まったアメリカでも人気を呼び、初代大統領、ワシントンも愛用していたほど、コロニアル時代の住まいには必需だった。
現代の日本でもファンは多く、クラフツマンのハンドメイド、松本民芸、北海道民芸などで作られ、当時と同じスタイルの椅子が今も使われつづけている。 |
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ゲートレッグ
テーブル
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現在用いられているダイニングテーブルは、ルネッサンス以降に登場した。最初は大きかったが、その後、ほかの家具と同じように小型化し軽快さが加えられた。補助の2枚の天板が加えられたドローテーブル、左右の天板を上げてゲートで支えるゲートレッグテーブルなど、人数に合わせて調整できるエクステンションテーブルが、イギリスで使われ始めた。そして、円形や楕円形の厚い天板を、カブリオールなどの装飾が加えられた1本ないし2本の太い脚で支えたがっしりしたテーブルも多く見られた。 |
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猫 脚
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木工品の卓や盤、あるいは机などの脚を呼ぶのに、日本では動物の脚にたとえて、猫脚とか狗脚(いぬあし)とか鷺脚(さぎあし)という言い方がある。
西洋の椅子などで、穏やかに湾曲し、地に着くところで丸く反った脚をカブリオールレッグというのに近い。平安時代の仏具の卓で,すらりと伸びた脚を鷺脚といい,足が短く,外に張り出したカーブがすぼまり,地を踏ん張るように外側に反った脚を猫脚といい、李朝の膳に時々見られるように、地に着くところが内側にちょうど0脚状の形をしたものを狗脚という。
古い物ほど優美でかつ力強い。 |
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マイセン
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ドイツのマイセン市の製陶所で、18世紀初頭ヨーロッパでは初の磁器が焼かれた。
伊万里の写しなども盛んに焼かれた。オランダのデルフト市でも,15世紀末ごろから長崎から持ち帰った伊万里の写しや,明末の中国磁器の写しを作っていたが、デルフトは軟陶であって硬質の磁器ではなかった。フランスではドイツに遅れたが、国立のセーブル陶工所で色絵磁器が焼かれることになる。しかし,皮肉なことに日本の茶人が最も賞玩したヨーロッパの焼き物は、柔らかい肌のデルフトであった。 |
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ガラス
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日本の古いガラスの加飾技法といえば、切子(カット)くらいであるが,世界のガラスに目を転じると,さまざまな技法が駆使されていることに気づく。
パート・デ・ビェール(ガラスの粉を型に詰めて鋳造する)、グラビュール(グラインダーで器に彫刻を施す)、ダイヤモンドポイント(金属や鉱物の先端で表面に傷をつけ、文様を施す)、色被せガラス(外側の色ガラスを彫刻して、他の色を浮き上がらせる)等々。
メソポタミアのガラスから現代のガラス作家の作品まで、ものを装飾しようとする人間のごとき欲望がうかがえる。 |
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エミール ガレ
(1846-1904)
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1846年5月4日、フランス北東部ロレーヌ地方ナンシーで、鏡ガラス工場を経営する事業家、
シャルル・ガレの家庭に生まれる。リセでは優秀な成績をおさめ、特に詩には深い造詣を見せていた。 ドイツ、ヴァイマールに留学し、詩、文学、哲学、植物学、鉱物学、建築学、装飾美術をおさめた。
植物学においては大家となり、また、再度科学を学ぶことによって、その後のガラス制作に大きな発展を もたらした。当時の美術界をゆるがしたジャポニズムの先導者、また象徴主義の原動力として、その功績は
画家ギュスターヴ・モローと並んで、19世紀末フランスの代表的芸術家として、その名をとどめている。 高い教養が裏付けとなって、ガラス芸術に投じた信念と自信ははかり知れないものであった。
当時の万博や様々な展示会、知識階級に絶大な力を持っていたサロンでの成功は華々しいものであった。 現在、残された作品の芸術性の高さは、比類なきものと、今日また世界的に再評価されている。
1904年9月23日、白血病により、58歳の生涯を閉じた。 |

ルネ.ラリック
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20世紀前半に活躍したフランスのガラス工芸家です。アール・ヌーヴォー時代に、宝飾デザイナーとして成功したラリックは、1910年頃からガラス工芸に転向し、香水商フランソワ・コティーとの出会いをきっかけに、工芸ガラス・メーカーとしての基礎を確立していきました。アール・デコの時代と呼ばれる1920〜30年代、ラリック製品は洗練されたデザインと斬新なアイデアで世界に人気を得ました。
大平洋横断豪華客船や旅客列車の内装に初めてガラスを用い、噴水や教会祭壇をガラスで造りあげるなど、ラリックは新分野の開拓に力を注ぎ、フランスを代表する世界的な工芸ガラス・メーカーとして不動の地位を築き上げました。ラリックのデザインの特徴は、古代ギリシャ彫刻を思わせる端正な造型に現代的なスピード感や明明快さを盛り込んだ点にあります。 |
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ルイス・
コンフォート・
ティファニー
(1848〜1933)
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有名な宝石会社、ティファニーカンパニーを所有する家庭に生まれる。成人してからの大半をニューヨーク市で過ごした。20代は画家として活躍。
1881年仲間達と会社を設立、ガラスの特許も次々と取得する。彼は実業家としても能力を発揮。
建築物のデザインや装飾にたずさわった。アーサー大統領のホワイトハウスもその一例である。
後にアール・ヌーボーの代表的な作者となる。
1890年代カラーガラスのランプシェードが登場、それに加え金属製品にまで広がる。1933年85才で死去。アメリカに貴重な遺産を残した。 |